算数を楽しむ 趣味で始める1/2

  • 2018年3月19日
  • 2018年3月20日
  • 算数
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頭が悪くても関係ない

算数、数学が好きというと、頭がいい人というイメージがあるかもしれないが、好きなだけなら本人自由です。人であっても、冴えない一般人でもアイドルを好きになるのは自由です。ただ人の場合は迷惑になるほど付きまっとったりすれば当然問題があるので注意が必要です。

一方算数に対しては頭の悪い人が付きまとっても全然問題ないです。頭が悪いと算数を勉強してはいけない、興味を持ってはいけないなんてことは全くないです。

学校ではない算数

さらに学校ではないから、テストもないし、受験もありません。誰かと比べる必要もないのです。学校では頭のいい人がいます。自分は1時間考えても解けない問題を1分で解く人もいるし、自分は全く理解できないことを何食わぬで平然と理解する人もいます。そうなると考えるのも馬鹿らしい、自分は算数に向いていない、考えてわからないからイライラするだけ、やるだけ無駄とどんどんマイナスイメージが溜まっていきます。

さらに学校の授業では全員が完璧に理解するまで立ち止まっててくれません。理解できないまま、話は進んでいきます。そうすると余計理解できません。悪循環です。これではやりたくなくなるのは当然です。しかし家で趣味でやる分には誰とも比べる必要ないし、分からなければ進まなくて良いんです。わかるまで考えてもいいし、分かるところのみで分かる分だけで楽しんでもいいんです。進み方、やり方も自由です。

算数は役に立つのか?

「いや、別に興味ないし、楽しくないし、何より社会に出たら算数なんて役に立たないでしょ。」という人が多いと思います。確かに興味なく、楽しくもなかったら、やるのは辛いし、趣味として成立しないと思います。しかし役に立たないは大きな間違いです。今の時代、何をするにも数学が使われて、裏で数学に操られています。スポーツであってもデータが綿密に採られて計算されます。

スポーツでも算数は欠かせないもの

最近では、冬のオリンピックで話題になったスピードスケートのパシュート。パシュートはチーム戦で先頭を走る人が風の抵抗のため一番きつくなります。だから先頭を走る選手を交代しながら走っていきます。日本は交代の時、外に大きく出て一見不利なように見えるが、データを分析するとその方が交代がスムーズで結果的に速くなるということで、それを採用して見事金メダルを撮りました。

サッカーでも最近は、プレイ中の選手にGPSを付けて、リアルタイムで動きのデータを採り、分析、計算しているチームもあります。選手のコンディションを把握して、怪我の防止対策などに役立てています。

テーブルゲームも算数が支配!?

少し前までチェスはコンピュータの方が強いが、将棋は人間の方が強かったです。チェスは取った駒を使えないですが、将棋は取った駒を自分の駒として使う事が出来ます。そのため将棋の方がパターンが多く、今まではコンピュータで計算しきれなかったのです。しかしコンピュータの処理速度はどんどん成長し、詳しくはわからないが、おそらくコンピュータのプログラム(計算の仕方)も洗練されたのでしょう。今ではコンピュータが優勢です。現在、一般的に使われているコンピュータ(量子コンピュータという化け物みたいなコンピュータも開発されているらしいです。私の頭では到底理解できないので、興味がある人は検索してみてください。)は最終的には電気がONかOFF、つまり0と1しか扱えないです。だから最終的に0と1に置き換えて計算します。つまり算数です。膨大な算数の塊です。

日常生活も算数

自動車も最近は自動で縦列駐車してくれるものが出来ています。今はまだハンドルにノータッチで公道を走ることはできませんが、近い将来ハンドルに触れず寝てても目的地に着くようになると思います。運転しているのはもちろんコンピュータです。つまりこれも算数です。ものすごい速度と正確な計算で運転を実現しているのです。

世界で起きていることはほとんどのものが、数に置き換えて計算することができるのです。数学者の中には世界にないもの、目には到底見えないものまで計算する強者もいます。例えば8次元空間などというのを計算する人もいます。(私には全く理解できるレベルでないので、説明できません。)だから役に立たないどころか、どんな分野でも何かしらの役に立つはずです。

算数は頭のいい人だけものか?

「ちょっと待ってよ。頭のいい人が極めれば役に立つけど、頭の悪い人が趣味でやっても結局何の役にも立たないでしょ」と感じると思います。しかしこれも私は間違いだと思います。算数には計算結果を直接役立てるのともう一つ大切なことがあると思います。ありきたりかもしれませんが、それは自分で深く考えて、試行錯誤して問題を発見、解決していくということです。

「いや、算数なんてやらなくても人間は常に考えてるよ。」確かにその通りです。人間は起きているときは、瞑想を極めない限り何かしら考えてしまうものです。晩御飯何食べようかな、今日は日曜だからあのドラマ見よう、明日休みだけど雨か、疲れたけどまだ水曜か、などいろいろ考えると思います。でも日常で深く考えることは多いでしょうか?今の時代、ひとつのことに対して、ああでもない、こうでもない、分解して、いろいろ試して自分の頭で問題を解決することって意外と少ないと思います。

例えば料理です。美味しいおかずを何も見ずに、誰からも教わらずに作るとなるととても大変です。分量は?味付けは?栄養は?日持ちは?冷めてもおいしいか?などいろいろ試して、計算して作っていかないといけません。これも一種の算数だと思います。ところが一から料理を作るのは料理人くらいでほとんどの人がクックパッドで調べたり、誰かから聞いて作ると思います。

もう一つ例で、本棚が欲しいとします。自分で本棚を作るとなると、自分の部屋に合ったサイズ、持っている本、これから増えるであろう本が収納できるサイズ、自分部屋に合った色、強度を保つために必要な木材の種類、厚さ、いろんなことを考えて材料を決め、さらに加工するための工具を決め、自分で組み立てなければいけない。これも一種の算数だと思います。ところがわざわざ手間をかけずとも同じ値段か、もっと安く買えてしまうので、一から作ることは少ないと思います。

長くなったので記事を2つに分けました。続きはこちらです。