食事は美しいことなのか?

  • 2020年7月25日
  • 2020年7月25日
  • 日記
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食べることはテレビでも人気

食べるという行為を放送する番組はというのはどのチャンネルでもよく見かけます。飲食店を紹介して食べることを専門的に放送する番組も多くあるし、バラエティ番組で食べることをご褒美的に使われることも多いです。

テレビでそれだけ多く放送されるということはそれだけ多くの人が食べることを見るのが好きということなんだと思います。私も特に嫌いというわけではないです。テレビを見ていて誰かが食べるところが映し出されたらチャンネルを変えるというわけではないですし、自分と好みがあるものが出てくれば食べてみたいなと思うし、お店があれば行ってみたいなとも思います。

でも人が食べる姿がこんなにも人気があり、受け入れられることが少し不思議に思います。見方によってはグロテスクではないでしょうか?(笑)食べることはもちろん否定しませんし、私も絶食もしないし、別にベジタリアンでもないし、お肉を美味しく食べていますが、食べる姿がこれほど人気コンテンツになっていることが不思議に思います(笑)

食事はデートなどでも定番

テレビだけでなく、デート、送別会、歓迎会、結婚式など人との交流の場でも食事は定番です。なぜ定番なのでしょう?味覚は人それぞれだが、多くの人が楽しめるものだからでしょうか?誰もが日常的に行う行為だからでしょうか?

カラオケやスポーツ、ゲームも交流の場の定番ではありますが、食事にくらべるとやはり劣るように思います。例えばカラオケ、ゲームなどは明るい交流の場では使われますが、お葬式など暗い場面や硬い雰囲気の場面では使用されませんが、食事に関してはさすがにお葬式の最中はものを食べませんが、お葬式の後はみんなで食事が行われることが多いように思います。

運動となると普段運動しない人も多いし、歌を歌うとなっても普段歌を歌わない人も多いし、ゲームをするとなっても普段ゲームをしない人も多いけど、食事なら誰もがするから、とりあえず交流の場では食事が定番ということでしょうか?

ではお風呂はどうでしょう?現代の日本人なら多くの人がシャワーか、お風呂に入ると思います。でもやはり食事に比べるとお風呂は交流の定番という感じではないです。やはり男女別になるので、交流の場の定番にはなりづらく、食事に劣るのは当たり前かもしれないです(笑)

食事が苦手な人はなぜ少ない?

食事が嫌いという人がなんでこんなに少ないのでしょうか?健康に生きていくためにはある程度の運動はしたほうがいいのに運動が嫌いな人はたくさんいます。生きていくためには数学を知っていたほうがいろいろなところで便利なのに、数学を嫌いな人は運動よりもさらに多いと思います。(調査はしたことないですが(笑))

食べることは本能的な欲求だからでしょうか?では性的なことはどうでしょう?一般的に人間には三大欲求と言われているものがあります。食欲、性欲、睡眠です。テレビで性的表現に関しては大きく制限がかかります。

食事と同じく、多くの人が性欲があります。また子供を作る行為でもあり、子供が生まれることは社会的にもめでたい出来事として受け入れられています。それでも性的表現に関してはテレビでは大きく制限されます。

これは性的表現を好き勝手にテレビで放送しては気分を害する人がいる、社会的に悪影響が出るなどと多くの人が認めているからだと思います。なぜ食事についてはそれがないのでしょうか?

食事は美しいものと思ったほうが便利?

食事は子供から高齢者まで誰もが行うことであり、美しいもの、楽しいものと思い、オープンにしたほうがいろいろと便利だからそういう文化になったのではないでしょうか?

もちろん食べることは生きていくために必要な行為です。医学に詳しくないのではっきりとはわかりませんが、もしかしたら点滴やサプリメントのようなものだけで生きていくことができるのかもしれませんが、これだけ便利になった現代であってもリアルの動物や植物を食べて生きていくことが一般的です。植物や動物の命を奪うこと、食事をしている姿、それだけを純粋に見たらここまで美化され、オープンにはならないのではないかと感じます。

成長が止まってしまうと食べる行為は生命維持というイメージですが、子供が食べる行為はイコール成長と考えることもできます。成長となるとやはり社会的にもプラスと考えることができると思います。そういった面からも食事を美化、オープン化が後押ししているようにも思います。

命と食事の切り離し

上でも少し書きましたが、現代では人は宇宙まで行くことができるし、飛行機に乗って空も飛べるし、地球の裏側の人と電話で会話をすることもできますが、毎日食事をしないと生きていけないです。(まあ、多少の絶食はできますが、基本的には毎日何かを食べます)

毎日リアルの動物、植物を食べています。植物の場合は木の実など植物の方も食べられるために作っているものもありますが、動物に関しては私の知っている限り、食べるためには命を奪うこととなると思います。

これほど便利になった現代でも命を奪うことと食事は切り離せていないのが現実だと思います。理屈も現実も切り離せてないのに多くの人が切り離して生活しているように思います。

大人は子供に「命を頂いているのだから、食べ物は粗末にしない、残さず食べなさい」と教えるのに大人が作っている社会は命と食事を切り離しているように思います。

マグロの解体などはテレビでも普通に放送されます。見方によっては結構グロテスクではないでしょうか?「解体ショー」と言われ、「ショー」と名付けて見世物となっていることが受け入れられています。

もしマグロが人間だったらと、マグロと人間を置き換えて考えたらどうでしょう?宇宙人がきて人間を捕まえて、解体ショーやっていたらどうでしょう?私は想像もしたくないです。

生きるため食べなくちゃいけないので食べるけど好きではない、苦手、あるいは嫌いや苦手ではないが、それほどこだわりがないという人がもう少し多くてもいいように思います。

満腹プラス必要栄養素サプリメントは作られないのか?

私はベジタリアンでもないし、鶏肉、豚肉、牛肉も美味しく食べるし、お寿司も好きです。もちろん味覚もあり、食べ物に好き嫌いもあります。だけどそれほどこだわりもないです。

例えばある程度好きなものなら毎日同じものを食べてても十分満足です。私は仕事の日の昼食はほとんで毎日同じです。職場が変わったり、その時の金銭面や健康状態、健康へ対する意識から食べ物を変更することはありますが、味が飽きたな、今日はこれを食べたいなということがないです。

夕食に関しては健康面からある程度色んな種類の野菜を取ろうと心がけていますが、メインのおかずには一月のうち25日くらいは価格が安い鶏の胸肉を使って、同じ味付け(塩、醤油、めんつゆ)で炒めます(笑)(近所のスーパーで鶏の胸肉は100g49円で売られています。セールのときは100g39円まで下がっているときもあります。他の安い肉の半額以下です。こだわりのない私にとって使わない手はないです(笑))

味覚はあるので、美味しいものを食べたいとは思いますが、手間や時間をかけてまで食べたいとはあまり感じないのです。調理、食べる時間、後片付けと結構時間もかかるし、外食でも行く時間、待つ時間があったり、コンビニ弁当などにすると自炊より多少割高(私の100g49円の鶏胸肉料理と比べて)になります。

ちゃんと体に吸収される栄養素的にも普通の食事より優れていて、なおかつ満腹感を感じて、さらに自炊より(私の100g49円の鶏胸肉料理と比べて)割安で副作用もないサプリメントが開発されたら、私は迷わずそのサプリメントを使った生活を選ぶでしょう(笑)

そんなサプリメントが開発されたら、現代のような食事は個人の趣味となり、クローズで楽しむものになっていくでしょうか?私のように受け入れる人は少ないでしょうか?それとも社会の経済的な問題から受け入れることはないでしょうか?